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September 6, 2021

内部告発

最近、ブロックチェーンの中央集権的でなく、事実の認識を追いかけていく方法について考えている。これは、企業の目的やテーマに惹かれて就職したら、実際にはその会社は嘘ついてたり事実に反していて、それを内部告発すると会社に不利益になり兼ねず、また会社を裏切ることになる場合に内部告発するかどうか?にも関係している。

内部告発を米国語ではwhislebrowersというらしい。「ちょっとそれずるいです」よと笛を吹いて警告する役。イギリス英語ではpublic interest disclosure.があり、公共の立場で真実を明らかにする人を守る法律がある。

最近でも、日本の大企業が会社として嘘をついていたことが内部告発により発覚する事件が起きた。

会社の大きな目的は、社会的に良いことをやり、その結果利益が得られる所。しかし目的が利益になり、それも株主の利益の為にはなんでもするという事になると、創業者が始めた企業が社会的にpurpose driven なものではなくなる。

だからお金儲けは嘘が付き物、汚いこととなると、社会が悪い方向に行く。野菜の話でも、有機野菜と嘘をつき高く売る人は多いけど、基準を守ることだけになってしまうのもまたおかしなことになる。

真実は何処に在るか?利害を超えたところで考える生き方をする為には、幾つかの違う仕事をして、自由に生きないといけない。

結局、真の自由人として生きていける人は少なく、組織や人間関係に縛られて、真実を言って生きるのは難しい。

有機野菜一つとっても嘘やお金が絡む。法律だけではなく、自然に生きることを普通に実践して生きている農家の方は、健康で良い笑顔かな?と思っていたら、日焼けした、良い顔した農家の人が農薬や除草剤を平気でバンバン使うのを見て、ガッカリしたことがあります。

社会的に良いことをするのが大きな喜びであり、お金儲けにも繋がっていく社会のシステムにするのは、簡単では無いけど、やり甲斐があると思う。

August 17, 2021

If we are wise enough. もしも、人類に叡智があるのなら。

最近の大雨や台風の話題は、「何故起きるのか」ということはほとんど語られず、「何年ぶりの大雨で、災害は大変で、どうしたら生き延びることができるか?」という観点に集中している。

もちろん、目先の事が先ずは緊急なのだが、地球温暖化をストップさせない事には、こうした大雨はまた来年も起きる。

人口が爆発的が増え、経済優先の動きから足元の地球の危機が生じてしまっていること、人間社会の存続の危機が直ぐそこに来ていること、地球の自然が急激に損なわれて来ていること、などの本質的な認識から離れて、この災害からどう逃れたら良いのか?に観点が集中している、

どうしたら地球温暖化をストップさせることが出来るか?に注意が集中してこない。人類は地球上で最も賢い生物だとしたら、もしも叡智があるのなら、さまざまな方向から対応して行き、切り抜けることが出来るようにやらなければならない。

July 27, 2021

FOOD EXPERIENCE

今度、食べる体験をプロデュースする会社を作る。

今までファーマーズマーケットをはじめとして、滝ケ原ファームなど色々な方向から農的生活を探求してきた。
NORAHという雑誌を発行して、野良仕事の良さを基本に、野良をField Goodと直訳して、Feel Good(良い感じ)といってみたり、今までの価値観に揺さぶりをかけたりした。その流れの中で、農業をやっている人たちの、豊かさ余裕さなどから影響も受けた。

また飲食業が今回のコロナウイルスの件で打撃を受けて、今までのままではやっていけなくなってきている。そこで次の型として、食材を作りそれを料理し、サービスを考え、空間を持ち、生き方を考え、社会との関係や社会貢献も考えて、食べる体験を核に総合的にプロデュースすることをやって行きたい。

レシピ通り料理して、決められたサービスをして、人気の飲食店を作るだけでは物足りないし、これからはそれだけではうまくいかないと思う。空間や音楽や匂いやその場のもっている文化性も含めたやり方を考えてみたい。

滝ケ原では若い人たちや外国人の人達がNature schoolやFarm schoolなどを始めた。顔を出してみると農家の人や発酵家や醸造家や色々な人に素直な質問をして、講義を成り立たせていた。

一方的に教えるというのではなく、食を軸にどう組み立てていくか?を興味の中心にしているのが分かる。自給自足も視野に入れた、オーガニックで自然な食べ物を食べて、過不足なく生活していく。たくさんできたらおすそ分けしたり、美味しい食べ物ときちんとした食器や家具に包まれた生活。

滝ケ原ではそんなにお金はかけないけれど、心豊かに暮らすことができる。豊かな生活、きれいな空気と水、余裕のある、良い人間関係。
それをそのままファーマーズマーケットに表現してみたい。そして美味しく食べて、良い関係性の人間関係を築く事。

社会に良くしてみんなで美しく生きる。しかし現代の社会で思想やビジョンをもって生きていくことはとても難しい。その時の基本は晴耕雨読かなと思う。滝ケ原ではそれができる。体を動かして、土を耕して、作物を育てる。同時に都市でも働くし社会とも関わっていく。僕は野草が好きだから、ここで野草の花屋もやりたい。

July 21, 2021

ブロックチェーン

Satoshi Nakamotoという謎の人物が発明したとされる、ブロックチェーン。
あるいは日本人を含むグループが考えて、その人たちがナカモトサトシという日本名を使っているというのが通説で実際はアメリカ人のグループかと思われる。

お金を、中央銀行の発行する貨幣から、取引記録をオープンにした価値変換の技術をクリプトカレンシーで変換する技術の基礎理論になっているかと思われる。

そもそもお金の歴史は、弥生時代は石の貨幣、それから青銅の貨幣、それから金貨、そしてお米が何万石といったように、富の中心になってきたり、その後、貨幣も紙幣になり、それがプラスチックのクレジットカードになり、最近ではPayPayやLinePayなど様々な支払い方が出てきが、基本、中央銀行の発行した通貨ベースに地域通貨やクリプトカレンシーが加わって、価値変換のメデイアとして存在するものになってきた。

クリプトカレンシーは、ビットコインやイーセリアムなどが代表的で、送金も簡単になった。中央集権的な価値から、分散する価値を誰もが見れるようになり、ネット社会の進歩により取引記録を白日のもとにさらすほうがかえって悪いこともできなくなり、フェアな社会になっていくのかと思われるし、情報の共有が、秘密主義を排していくことになるのでと思われる。

トレサビリティーとディセントラリゼーションが大切になってきている。そこで最近考えるのは、資本主義がいきずまり感が出てきたこと、世界の人口が爆発的に増えて、食料と水が限界になってきたこと。

バッタのように人類が増殖して、地球上を覆いつくさんばかりになり、その食料も人口的な農薬に犯され健康にもよくなく、人間の活動もこのままではいけないという事で、サステナブルという、持続可能というよくわからない言葉が頻繁に使われるようになってきた。

持続可能な開発とは一体どういう事か?何を目的にして、何をもってして持続可能性と言えるのだろうか。とにかくこのままでは人類社会は終わってしまう、食の安全はどうなっていくのか?今のままで社会は良い方向にいくのだろうか?世界は一体どうなるのだろうか?

特にコロナウイルスによって世界は一体どうなっていくのだろうか?人類は賢くてスマートなはずではなかったのではなかったのか?一体人類の叡智はどこにいってしまったのだろう。

今必要なのは思想であり処世訓では無い。金儲けに賢い知恵より、賢明な叡智だ。そこでお金の本質を考えていくことにする。

January 12, 2021

和して同ぜず

世界的に異常気象やコロナウイルスが拡がり、今までにない状況が広がっている。アメリカはドナルド・トランプが大統領であり、社会的に混乱している状況だ。また中国は香港弾圧、ウイグルやチベットでの統治など、まともな社会とはいえない。世界中がクレイジーな状況だと思う。

その昔は日本は大和、大きな和む場所であった。人々が温和で、ギスギスしていないで、和やかな場所。平けく和む、平和な場所、フラットで和やかな人々の居る場所。これが理想的な場所だった。

この和ごむとはどの様なことなのかを考えてみたい。
元来日本は「木々一本づつに神が宿り、人々はお互いに尊重して穏やかで温和で和を持って尊いとする。」と言う社会であった。

また、我が家の家訓に「和して同ぜず。」という言葉がある。これは「和むけれど決して同化しない、群れを作り同化してグループ化しない。」という意味である。これは、自主的な独立した人間性を守りながら和やかに暮らす事だと思う。

これを世界中の民主主義の新しい視点として、もっと日本人として、主張しても良いのではないか?と思う。それぞれが尊重して和むが、同化しない。

ここが、現在の世界に欠けている。むしろ、学校、故郷、会社など、同じことを、無理矢理見つけて群れる。そこは和して同ぜずが日本的な民主主義の基本姿勢になるようだ。

静かに、和を持って本質的に違いを問い直すのはいい。そうすることから進歩が生まれる。世界がもっと和やかになるといい。国と国が対立している場合では無い。国の利害や権力を競うより、共通の目的を設定して、それに協力しながら向かうようにすると良い。

新年早々、大きな目標を持ち世界を考えて行かないと、人類の未来は危ういと感じた。それには、大きく和やかに、和気藹々と議論し、和して同ぜず変化し続けていくことだと思う。

November 5, 2020

ワタリガラス

建築家のル・コルビュジェは本名ではない。本名はシャルル=エドゥアール・ジャヌレ=グリ。

コルビジェとはワタリガラスの意味で、自分のことをカラス君と呼んでほしいということで、自らそう名乗っていた。

ワタリガラスは、歌舞伎町でゴミを漁ってる様なカラス=Crowではなく、Ravenと呼ばれている、エドガー・アラン・ポーの「大鴉」に出ているワタリガラスの事。

つまり渡り鳥で大陸間を渡り歩く、カラスの事だ。街にいるのとは違なり、綺麗で悠々と空を飛び賢いカラス。

ここからインスピレーションを得たこの建築家は、色々な建築家に付いて助手として学び、その後、独立して、自分の事務所を開いた。

この渡りガラス的な働き方は、デザイナーやアーティストなどクリエイティブな仕事をしている人や、いわゆるフリーランスという働き方に近い。

戦後の日本の大企業に勤めて一生安全な仕事に従事しするのとは違い、仕事を渡り歩いて行く生き方だ。

今の時代だからこそ、仕事を渡り歩いて色々な仕事をしていくこと、そして人生を自分のものにしていく生き方に注目したい。

あとは、昔から百姓と呼ばれる働き方がある。つまり、お米や野菜などの作物や、味噌や醤油やお酒、はたまた藁細工や工芸品、漆器や陶器を作ったり、大工仕事をする働き方。

百姓:100works.
100の仕事をしてそれらからの収入で、いわゆる生業(なりわい)を立てていく。

多様な働き方の集合、その総体としての仕事に、今回のCOVID-19の後に注目が集まってきた。

自宅で仕事をしていると、友人からちょっと手伝ってくれないかという話が入ってきたり、また企業も兼業を認めたりと、実際に仕事が多様化してきている。

これらの仕事観の変化についていけない現在の企業はどんどん遅れていく。
それに僕の周りでは、外国人が日本で働くことが多く、彼らは東京も地方も関係ない。地方での働き方がどんどん増えてきている。すると農的働き方が自然に入ってきて、我々が主張してきた新しい働き方が形成されてきている。

今回の事から、大きく社会が変わっていくのが見て取れる。
そこで我々がやっているMidori.soというシェア・オフィスに“Worktogather Media”とでもいう、みんなで協力して仕事を作っていく情報群を作って行こうと思う。

それをワタリガラスという名の下にやっていきたい。

元々、“Independent Think tank”としての機関Mirai Institutesの下にシェア・オフィスMidori.soがあり、それに今度始めるワタリガラスという、様々な働き方の可能性を探る情報Mediaを作っていく。

例えば新しく仕事をしていくのにパートナーを探したり、外国人と組んだりすることは、今までなかなか情報を得ることが難しかった。

そこで我々は、「ワタリガラス的な働き方、多様な仕事から生業を立てていく生き方、地方での働き方、外国人と一緒に働く事。」、などをテーマに働いていくためのメディアを作っていこうと思う。

July 18, 2020

ワタリガラス的働き方

先日、TAKIGAHARA CRAFT&STAYに吉村さんという建築家と彼の早稲田大学のゼミの学生10人ぐらいがきて泊まった。

学生のうち7人は女性の建築家、6人は外国からの留学生だった。そこで話したのは、最近の建築科の学生は大企業の建築事務所に就職することを中心に考えている様だということ。

昔は色々の建築事務所で幾つか働いてみてから、自分の建築事務所を作り、そこで仕事を受けるという流れがあった。
たとえ大手の建築事務所で働くにしろ、アトリエ建築事務所で苦労することは役に立つものとされてきた。

そこで今まで、有名になった建築家は、どんな事務所を渡り歩いたか?調べてみようと思った。デザイナーやアーティストも、独立する前には幾つかのアトリエやスタジオで働いてから自分の事務所なり会社を立ち上げるものだ。

コルビジェについて調べてみると、コルビジェは本名ではなくてカラスという意味だということが分かった。自分のことカラス君という彼なりのユーモア。

建築家はどこかワタリガラス的だと思う。色々な土地や建物、はたまた建築事務所を渡り歩いて自分の人生の経験を積み、自分の表現を磨いていく。そう考えると、デザイナーやアーティストも同じだと思う。ワタリガラスのように旅をして、経歴を重ねていく。

この時のワタリガラスはRAVENであって、CROWではない。日本のカラスは都市に定住していて、あまり良い意味がないが、ワタリガラスは自由に旅して良い意味がある。

エドガー・アランポーの小説でも、「大鴉」というのがあるし、NFLのレイブンズもそこからとったらしい。ただ日本の封建時代からの忠誠心からすると、お世話になった会社の先生やお師匠さんからうまく独立するというのには少し抵抗がある。辞め方を少し考えて、うまくしないといけない。

最近はこの壁もだいぶ低くなってきて、一生一つの会社や事務所に務めることはなくなってきた。会社の方も、忠誠心も大切だけど、その人の能力や創造性、才能が大切だと分かってきた。

その為にはかえって、色々なところで働く経験をした方が良い。良い組織を作る為にはワタリガラス的性格の人と、定着する人をうまく合わせて、チームを組み立てていくことが大切になって来る。

今回のウイルスのあとで浮かび上がってきたことの一つに、働き方の色々な可能性が見えてきた。場所を変えて働いてみること。多様な働き方を組み合わせてみること。一社で一生働くことだけではないこと、大都市で働くことが最高の働き方でもなく、他の可能性もあることが分かってきた。

そして農業や食に関係する働きを混ぜたり、自給自足的な働き方を考えたり、それらを組み合わせて生業を作っていく事が大切だということに気づいてきた。

巨大企業に入ったら一生安全に働くことができるという幻想も崩れ、そのための受験や就活も意味が問い直されてきた。自分の人生を自分のものとして作っていくということに気がついてきたようだ。僕はこの状況を見てシメシメと思っている。僕の考えてきた時代が来つつあると。世界中をみてもカオスでパンクになって来た。

June 19, 2020

自給自足で一体いくらあれば生活できるのか

さて、今我々のIndependent think tankのMirai Institute,ではこうした時期に、何を問題視して問題設定をどの様にするか?をいろいろな人に聞いています。

What is the question?is the question.
何が問題か?が問題で、いかに働くか?が問題です。こうした時代には、早く答えを求めるよりも、問題を掘り下げてみることが大切だと思います。

まずは仕事も全て無くなって、最低限、何から始めるか?を問うとしたら、自分の田畑に自分の家を持ち、自給自足をして、出来るだけ自立する生活の基盤を持っているか?
から始めるのではないか、その為にはどの様なことができるかと常日頃考えてきました。

限界集落で生活するとしたら、一体どの様にしたらいいか?という問題設定をして、かつ世界の最新の状況から取り残されることなく、新しい働き方、本来のあるべき生き方
を実践するにはどの様にすればいいか。

まず滝ケ原では、生活費がほとんどかからない。食べ物は周りの農家の人から分けてもらうし、魚は安い。食材はとにかく安い。自分達で野菜やお米を育てる。またキッチンは綺麗に作ってあるし、食器や家具もいいものをデザインから初めて、ライフスタイルは良いものを目指しているのである。

木村ガラスのワイングラスやグラス類、フィンランドのアラビアの食器や九谷焼やアンテイークの食器を集めている。趣味がいいものを安くで集めているし、音楽や照明や空間も全て上質のものにしている。ライフスタイルが上品に考えられている。デザインやアートや本や音楽好きが集まっている。食にもこだわっている人が集まっている。そしてウェブの環境が整備されWiFiが繋がっているし、環境が揃っている。そこに有能な、刺激的な若者が集まってくる。こうした状況を作り上げてきた。

漆器の工房も作っている。今後は九谷焼の新しいブランドを作り、世界中のデザイナーと新しい陶器を作っていく。また陶器の釉薬に注目し、陶器の釉薬の研究をしていた僕の父親の遺志を継いで、新しくColor Laboをつくろうと思う。

さてこうした状況を小松市の滝ケ原に集めてみたい。するとエネルギーの輪ができて、才能が集まってくる。まず生活の基本的な要素が安定して、良い人のコミュニティーができてくる。受験勉強では、隣の人ができないのを助けることはないが、ここでは隣の人が困っていたら助けてあげるのが当たり前、自分だけ分かっていても嬉しくないし、自分だけ食べ物がたくさんあって、隣の人がなかったら自然に分かち合い、助け合うのが当たり前だという価値観で動いている。

14世紀ペストが流行って、たくさんの人が死んだ時から、いろいろなことが変わった様に、現在のパンデミックの状態を通して色々変わっていく。ルネッサンスが起きた様に、文明を再考し問い直すこと、また最低賃金を設けて、生活に安心を考えることなども始まった様だ。精神的に安心できる様に、まず生活の安定を考えると、お金だけではなく、周りとの関係が安定していて、精神的に豊かである状態に持っていけているか?

滝ケ原では、15人ぐらいの人が今、生活いていて、これからますますたくさんの人が生活すると思うが、みんな地元や東京やはたまた世界中と毎日、連絡している。外国からもたくさん来ている。会議も普通にZOOMなどでしているのをみるにつけ、これからの働き方、仕事の仕方を考えさせられる。それに若い子たちがどんどん結婚して子供を作っている。世間では、なぜ子供を作らないかというと、収入がないからということがいちばんのようだが、収入の先にある安定や安心感があるかというと、この限界集落の滝ケ原には安心が溢れているようだ。

だから子どもを作ってみんなで育てている。こうして見てみると、我々が今やっていることは、大きな実験のようだ。文化的な意識がまずあるか?それが必要で、美しい物や事柄、美味しいもの、綺麗なものをみんなで作っていく感覚がある。

現実的に、大きなテーブルでみんなで食事をするのに食材を買ったり、地元や自分の畑や周りの農家の方から、貰ったりして、みんなで料理するとしたら、すごく安くで食べられ、それも世界中の料理人の料理を食べて、満足して、そんなにお金がかからない。

そして宿泊は僕らのデザインのクラフト&ステイに泊まればまた安い割に良い。こうした地方再生をしつつ新しく文化を作っていく。みんな仲良くやっていく。この実験をし始めようと思う。

May 29, 2020

パンデミック以降

現在、コロナウイルスの全世界的なパンデミックにより世界経済、そして今までの文明の進化に対してストップがかけられている様です。

元に戻る様に期待している人もいる様ですが、僕はもう戻らないと思います。むしろ次に来る世の中はどうなるか?これも何かの警告ではないか?と考えて、この状態を捉えたらいいのではないかとも思います。

東北大震災で津波により大きな被害が起きた時も、海岸が流されて元の自然が現れた時、ある種、人類の文明の無力さを見た気がしました。

それを元に戻して、堤防で囲ってまた津波が来てもいい様にすると言う価値観には、正直僕はなれず、海岸沿いにできた町並みをこれから戻したり、また津波が来ても大丈夫な様に堤防を作ること自体ナンセンスではないか?と思いました。
新しく町並みを考えて次の時代の都市計画を作るといいと思いました。

今回のパンデミックでも、環境問題や地球温暖化がストップし空気が綺麗になったように、人類に新しい働き方、農的生活の大切さ、強欲でお金中心の経済から自然環境や人々の幸せに気を使った社会、病的な価値観と病んだ人々に健康的な意識と新しい価値基準を植えつけることになると思います。

特に健康な食に対する希求、自然環境の中で、新しいデザインの住環境を作って、オーガニックな食事をして健康な生活を自然の中でする様にしたら良いと思います。またそうすることが可能です。

自然の苔庭がある小松市日用の古民家再生から僕は苔庭にたたずんで考えると、日本の思想、日本の家が違って見えました。Moss Philosophy,苔の思想とでも呼べる考えが生まれました。そこで、すぐ隣の滝ケ原に農園を作って、今度はTakigahara Craft & Stayというホステルの様な、デザイナーやアーティストが泊まれる場所を作りました。

人類が80億人くらいに増えて自然環境も悪くなり、美味しい食べ物や綺麗な水も不足し、地球温暖化が進み、これからの人類はどうなっていくのか?不安が募ります。

しかし人類の歴史上、何回も起きてきたペストやコレラやスペイン風邪などのパンデミックの時に人類の歴史が変わり、ルネッサンスが起き、文明の方向が変わりました。

その辺を考えると、今回は人類に対する警告で、大きく変わる様にしている様です。そこで何が問題か?を考えてシリーズで何回か書いていこうと思います。

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April 22, 2020

自給自足のユートピアを目指して

今、石川県小松市の滝ケ原に24ベッドのホステルを、リノベーションで作っている。滝ケ原には羽田空港から小松空港まで50分、空港から車で20分で着く。

Takigahara Farm、Takigahara Cafe、Takigahara HouseというAirbnbで使える場所。漆器のスタジオに続いて、Takigahara Craft&Stay。みんなが泊まれる場所としてのホステル。

これから自然の中に僕が考えるユートピアを作っていきたい。できれば電気もソーラーエネルギーで,コンピューターを動かすのと照明だけは自給したい。また将来はライブラリーを作って、最高の学校を持ってきたいし、音楽のスタジオやスイミングプールも作り、石切場をギャラリーにする。また食料もできるだけ自給できるようにしたい。

母屋には、世界中から誰かが食事をして泊まっている。食費はほとんどかけないけれど、とても美味しくてきちんと
食器やグラスなども良く、周りの農家の人から分けてもらったものなどがうまく料理されていた。

これ以上の贅沢と安心感はないぐらいだ。そして東京とZoomでミーティングしたりして、今の時期、新しい働き方と価値観が体験できる場所になって来た。周りに住んでいらしゃる人たちは皆、お年寄りだけど、いい人たちで、良くしてくれる。今回のウイルスが変える社会、働き方、価値観などの実験場として大切にしていきたい。

そして家具好きでデザインにこだわる僕らのコレクションの家具。

ザッハ・ハデイトのソファーやサーリネンのWomb chair、カステリオー二の椅子。Knolのソファー、ロス・メネズのミルクドロップテーブル、ジョージ・ネルソンのランプ、ブルレック兄弟のデスクランプ、ジャスパー・モリソンの椅子、セルジュムーユのランプ。60’sのアンティークやマークニューソンのデザインのポットや椅子など、みんな知り合いか、知ってるデザイナーのコレクションを集めてみた。

家具好きで、現代のデザインを良く知っている人には、たまらなく贅沢な空間。グレーやブルーの色にもこだわって、微妙な色合いでコンテンポラリーな空間を作ってみた。楽しんで作ったのが伝わる様なデザイン。

全てが値段ではなく、好きなものを集めて、自分たちが信じる今一番の空間。2階はバンクベッドの部屋と2つの独立した部屋。音楽のバンドのメンバーが泊まれる様な4人部屋とスイトルーム。それに別棟の土蔵を変えたナチュラルワインバー。ネオンのサインが可愛い。

そして外は畑と山々。ここにこれから小さな木の家を建てる。自給自足に近い生活ができて、美味しいものを食べ綺麗な水と空気をとって、自由な生活をする。都市を否定する訳ではなく、都市にも行きながらも生活していく。

北陸には陶器や漆器や和紙や色々な工芸がある。ただ今までは古民家再生というと、民芸調になってスキッとしていなかった。そこで今度は思い切り新しいデザインと古い家の骨格を対比させてみた。

そして美味しいものにもこだわり、ヨーグルトなども自分たちで作ってみる。朝は散歩してから野良仕事して、静かに思索したり、じっくり会議をしてみたり、これからの生き方を作っていきたい。

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