筆記具と文字

November 1, 2013

僕の初めての仕事らしい仕事は、エジソンの蝋管蓄音機をロンドンのアンティークマーケットで見つけて、それを買って来たこと。

そこから聴く音楽は本当に貴重なものだった。そしてついでにtalking machineという本を見つけて更に興味を持ち、また違った種類の蓄音機を買ってそれを集めteデパートで展示会をやったこと。

それ以来、まず自分の好きなものと興味を持ったものを集めて、それを楽しみながら追求するというのが僕のやり方になった。同時にマーケットリサーチではないが、市場性はどうなっているのだろうかとか、相場の違いや可能性も少しずつ調べてみる。それからまた自分の好きなものを集めてみることを始める。

次に興味を持ち、自分の好きになったものに、古い万年筆が有る。ONOTO 、De la rue London ロンドン通り?と書かれた黒くて筆の様なその万年筆をカムデンパッセージで見つけて、それを洗ってみると、見違えるようになった。

ONOTOの万年筆は夏目漱石が使っていたということを後で知った。羽根のような書き心地と書かれた宣伝の文章も見つけた。そこでインクを付けてみて書いてみたら、思いのほか書きやすく、今まで書いたことがない書き心地。しばらくその万年筆で、試し書きをしてみる。そこで万年筆とインク瓶を集め始めた。

Waterman やParkerの古いものや、Conklinという変わった形をした万年筆も見つけた。それから万年筆マニアに知り合いが出来、いろいろ話すと、そのコレクターズ精神に触発されて、更に集めることができるようになった。それから僕が扱った万年筆は数千本にもなった。

それから僕の興味は、銀の懐中時計や、筆記具として、ペンやペン立てや、銀の小物等をロンドンやパリの骨董コレクターや、蚤の市で探してそれを集めて、自分の店を作って売ってみた。それが思いのほか売れて利益がでた。こうして自分で好きなものを勝手に買って集めてそれが仕事になるという、今から考えると不思議な仕事を始めた。

そこで考えたのが、万年筆の種類と書き心地。同時に、古い手紙や、便せんに書かれた奇麗な文字も集めて、昔の手紙を読んでみる、そしてそれを書いた人がどんな人であるかを想像してみる。

筆記体で、粋な文面で書かれた手紙。そこに書かれた、ちょっとした挿絵や、サイン。比べてみると、意思を伝えるべく書かれた文字が、こんなにも違うものかと思われる。説得力が違う。またよく見比べてみると、品のいい字や、下手かもしれないが味が有る文字が有る様に感じられる。人間性や個性もその文字から何となく読み取れる。夏目漱石がいい文章を書いたのはいい万年筆で書いたからかとも思う。

最近、筆や硯にも興味が出て来た。震災以降、日本の硯の90%を生産して居た宮城県の雄勝の硯工場がすっかり流されてしまい、職人さんも沢山亡くなった。そこでなんとか硯の生産を絶やさないで、雄勝の硯を復活しようと考える。青山の骨董屋で古くて形のいい硯を買って来た。また雄勝の硯工場に残されている、いくつかの硯も買わせていただいた。それから硯を集め始めた。

硯のコレクターや中国製の端渓の硯をたくさん持っている人にもお会いして、いろいろ教えていただく。硯に関しての本も集めてみる。一体いい硯ってどこが違うのか?何を持っていい硯という基準が出来たのか?などを調べてみる。すると、万年筆がいいといい文字が書けるというのよりももっと深く、書道にまで高めている文字文化に想いを馳せる。

英語は発音をそのまま文字に定着させる表音文字。奇麗な筆記体はそれを読んで、発声することを想像させる。また漢字は表意文字。文字そのものに意味が有る。だから文字の書き方そのものから、意味を感じさせる。書道が発達したのにはこうしたバックグラウンドが有り、その文字を書くのには、良い硯と良い墨、そして良い筆が有ってこそだと思う。

文字を書く前に、墨を硯ですって、心を清めて、書く文字に対する意味や想いを深くする。それから書をしたためる。僕らの時代は、万年筆から文房具にふれて、それから硯や墨や筆にいくという興味の移り方があると思う。若い人は、電子文字から、印刷された文字に興味が移り、デジタル印刷からオフセット印刷、活版印刷で刷られた文字の感触にふれ、それからペン文字や書道に興味が膨らんで行くことになる人もこれから出て来るかもしれない。

筆記具や写植、印刷方法や筆文字に興味が行く人もいるかもしれない。こうした文字に興味を持つことは、その文字が表している意味を伝えることに興味がでて、そこに表現されている、意味性そのものを考えることになるかもしれない。でも何よりも僕が気にするのは、自分のデスクに、お気に入りの筆記具と、硯の入った漆器の箱と、いい筆と紙、それらとコンピューターを何処においてどういう書斎にするか。

そこで一人で気に入った紙にどんな文字を書くか。丁度、コックさんが自分の気に入ったキッチンを作り上げる様なことがまず、いい料理を発展させた様に、いい文房具と空間を作ることそのものに向う。

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